働きたくない時とその対策

仕事に行きたくない。誰だってそう思うことはあるだろう。私だってある。

だが私は働いている間は仕事を急に休むこともなく勤務日に通勤している。仕事をしたくないと誰でも思うものである。私は仕事をしたくない理由を考えつつも働くことの自分なりのやり方を書いてみる。

客に怒られる

私は今コンビニで勤務している。その前は家電リサイクルショップ、市役所でもバイトをしていた。

仕事の経験上もっとも嫌なことの1つは客に怒られることである。客に怒鳴られた経験もあり、そんな日はやる気が起きない。怒鳴られたことが頭から離れないのである。

正直言ってその客に怒鳴り返して時もあるし、デスノートがあったら名前を書きたい気分だ。

客に怒られた次の日なんてはっきり言って仕事に対してマイナスな気持ちしか湧かない。というより退職したくなる。

まあ、それでも客の関することでは仕事を辞めたことはない。何故なら、多くの客の中で自分にとtって合わない客が1人ぐらいいるのである。小学校の時、「友達100人できるかな」と歌ったことがある。

本当に100人友達ができたかと言えば、全く私には出来なかった。それどころかクラスのみんな30人くらいと仲良くすることも出来ずにいじめられたこともある。

客商売なら合わないお客さんっているのである。自分がいくら努力しても合わないし、そもそも合わない人と合わせるのって心理的にも体力的にも負担になる。

だから、客に怒られるのって接客業なら仕方ないと割り切る。自分が愛想の悪いと自覚している人なら尚更である。

客は自分とは違う人間だし、自分のことを完璧に制御するのは大変なのに他人の客を思ったように扱うのも無理なのだと諦める。そうすれば気持ちが楽になる。

あくまで他人ですからね。

職場の同僚にあれこれ言われる

私は30歳を超えていて、コンビニで週16時間のバイトである。今の職場で「もっと働け」「今働かないとあとで大変だ」「家で何をしている」と言われる。

そう言われて深刻に考える時もあった。だがいくら考えても無駄である。その職場の同僚の言う通りのことをしたとしよう。職場の同僚は喜んでくれるかもしれないけれど、俺の人生の何も責任を取ってくれない。

働くまくって病気になったとしてもその同僚が通院費や保険料を払ってくれるだろうか?答えは払ってくれないのである。

自分の生活は自分がよくわかるわけである。仕事や働く姿からその人の生き方や価値観の全てがわかるわけがない。その人が家に帰って何をしていて、どんな思いなのかなんて判断する材料があまりにもないのだ。

そもそも職場の付き合いなんて仕事を通しての関係である。所詮退職すればそこで終わりの関係だ。前の職場で仲が良く色々話した同僚から何も連絡がない。

親身に話を聞いてくれるとかその人の話が上手いから会話自体は弾む時もある。しかし、所詮は他人なのだ。なにも責任もとってくれないのだから話半分程度に付き合うぐらいの気持ちで聞けばいいのである。

適当に会話をして、家に帰ればその会話の内容はあくまで会社だけのこととして割り切る。

同僚がむかつく

これは私が前職を辞めた理由のひとつである。というよりこれが最大の理由だと今ならわかる。

その同僚がどんな人だったかと言えば、とても自分ファーストな主婦であった。職場のシフトがどんなに厳しくても自分の勤務時間を変えない困った人であった。

絶対に土日、祝日、年度末、GW、年越、年明け、には絶対に出勤しない。職場の人が交通事故に遭おうが健康状態が優れない人がいようが絶対に出勤しない人である。

そのくせ自分が病気になったらシフトを埋めてくれるようにお願いをしていた。しかも職場では無駄話ばかりをしていて、自分が苦手な仕事は若い大学生に全てを押しつけていた。

ヘルプに入るように頼んだから、その人への不満をもらしていた。はっきり言ってこんな自己中主婦とはやっていたら、大変で頭がおかしくなりそうだった。しかもそんなのが5人もいたのである。

だから辞めた。職場での退職理由のひとつとして人間関係がある。無理して勤務していたら、それこそ本当におかしくなったかもしれないから今は辞めた良かったと思えている。

どうしても合わない人がいるとしたら思い切って辞めてしまうこともひとつの対処法である。

将来が不安になる

自分が仕事をしていると将来のことが不何にならないといえば嘘だ。1か月先、1年先、10年先ずっと同じような仕事をしていて大丈夫なのだろうか、社会が認めてくれるような資格を取った方がいいのではないかと不安になる。

おまけにどんなに働いても日本は借金ばかりで人口が減少して社会保障がもらえるのか不安になる。どうせ国が駄目で、みんなも駄目そうだから今更あがいても仕方ないと悲観し仕事もやる気がなくなる。

いくら頑張っても年金貰えるかもあやしいものである。だったら今遊んでしまえと思うだろう。私の実体験でいえば、不安の中で遊んでいてもその不安自体は解消していないのである。

ニートをしていても、将来のことに対して自暴自棄になってなにも努力していないで目をそらしているのである。ひとりで遊んでいてもその不安はますます大きくなる。というよりも1人でいる時間が多いほど考え込むことは多くなるので不安は増大してしまう。

だから働きたくない理由としてもう日本が終わりだから俺1人頑張っても無駄じゃんと思う時はある。しかし、世の中どうしようもなくなるのは将来の話であり1人でいると不安は増すばかりで生きているのが苦しくなる。

今は働いている方がとやかく言われることは少ない。働いていないでニート状態だと近所の人がうるさいし、自己嫌悪に陥ってしまう。

少ない時間でも働いていれば働いていたという事実は絶対に残る。実際働いていると将来のことなんてあまり考えないで済んでいる。ブラック企業のように極端に長い労働時間で働いていれば最悪の場合、自殺する。

だが自分の中で適度な忙しさのなかで働くことができれば、不安も消える。自分でも多少は役に立つことでみんなの役に立っているので自己肯定感も保てるので気分もよくなる。

マンネリを感じる時

仕事をしていて慣れると同じようなことの繰り返しである。しかも同じ顔ぶれと働くので飽きる、本当に。

高校生の時を思い出してみるともう2年生の時点で私は学校生活に飽きていた。クラスの顔ぶれが変わっても勉強するし、3年生になったら中学生の時と同じように受験をする。みんな受験モードで遊んでいるだけで罪悪感を募らせる。

仕事でも同じことの繰り返しである。同僚に挨拶して毎日同じように接客する。同じように品物を陳列する。その繰り返しを延々続ける。

同じことばかりして仕事に飽きるかもしれない。ただね、人生なんて同じことの繰り返しと言う側面がある。

どんな人間でも起きて、食って、排泄して、寝る。これを生きてから死ぬまで延々繰り返すのである。別に仕事だけでなく人生に言えることである。

仕事でのマンネリなんて今に始まったことではなく、生まれた時から延々起きて、食って、排泄して、寝るの繰り返しである。絶対に仕事のマンネリ期間よりも多い。何故って仕事はどんなにしても365日ずっとのわけがないからである。

1日ずっと仕事のことを思って働いているというなら、赤ん坊のことから働いている人なんていない。マンネリなんて今に始まったことではない。だから仕事のマンネリなんて気にする必要はないと私は思って労働している。

 

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