人間は迷惑な存在!だから迷惑なことを負い目に感じる必要はない。

私は自分のことが人類でもっとも迷惑な存在だと感じる時があった。今でも30歳で無職というやばい存在だ。20代で正社員になったのに、アルハラで鬱退社。その後はアルバイトをするも今は退職した。

仕事もしないでブログを書こうと思ったけど、1日1記事なんて書けない。挫折感と共に自分のことが皆にとって迷惑だと思っていた。

だが、ブログのこと、これから先のことは考えないで自分は迷惑な存在か考えてみた。そんなに迷惑ではないなと勝手に思うようになった。

人間誰でも迷惑な存在だ

人間は今の社会を築くために、多くの動物を滅亡に追いやった。滅亡させなくてもその種を激減させた。とんでもないことだ。

大型ネコ科はその種を90%以上減らしている。人間達が凄まじい勢いで生活圏を築いたことによることが原因だ。他の動物達に自分達のルールを押しつけて、暮らしやすい場所に勝手に家や田畑、娯楽施設を築いた。

自分達の過ごした場所を奪われた動物達の声を私は聞いてみたい。おそらく人間達への恨みごとだろうけど。

自分達の生活が侵害されると文句を言うのに、他の種に対しては容赦ない。え、そんなことない。

アライグマやアルゼンチンアリと共生できないでしょ。自分で作った作物を奪われたら怒る。自分の家を破壊したら怒る。人間達の生活を脅かす種が我がもの顔で生活したら俺は怒る。

けど忘れて欲しくないのはその種も必死に生きている。その種を殺すのは忍びないけど駆除を私は要請する。

人間が歴史上勝手に生活圏を拡大したおかけで他の種は絶滅したり、激減した。まったくとんでもない迷惑なものだ。その流れの中にいる自分が駄目なやつだし、だいたいの人も迷惑な連中。

人間は生まれて迷惑をかける

昔の人類が何をしたのかなんて関係ない。私は迷惑をかけていないと思うかもしれない。しかし、そんな人間はこの世にいない。

何故なら今生きている人は子供の時に親に育ててもらったはずだ。もし、親に面倒を見てもらってない環境なら親のような存在がいたはずだ。

赤ん坊の時、1人で生きることは不可能だ。自分で飯を食えない、授産は母親がいなくてはいけない、排泄する場所も提供してくれないとできない。

まさか赤ちゃんの時に、自分で食材を集めて、料理、排泄、睡眠、起床を独力でやり遂げた人間はいないはずだ。いたら、私は見てみたい。

子供になってからも親の世話になる。親が稼いだ金や築いた家、努力で人間は子供から身体的に成長する。これは世界によって地域差があるけども。親だけでなく親戚や近所の人に迷惑をかけたはずだ。

だから自分だけが特別に迷惑をかけていると思いこむ必要はない。生まれる時に人は迷惑をかける。

死ぬときにも迷惑をかける

人間高齢になると頭も体も弱る。運動をしたりボケ防止のために頑張っても親戚に迷惑をかける。特に介護をしてもらう息子や娘には負担をかけてしまう。

しかし、これも仕方ない。人生100年とか言われても人間どこかで疲れてしまう。元気でいようとしてもぼけてしまう時もある。

これは私の近所のおじさんの場合を紹介する。そのじいさんはいつも元気だった。毎日畑仕事をして、挨拶をしていた。孫に会うのをいつも楽しみにしていた。

しかし、ちょっとしたことで入院した。聞いた話では農作業中に腰を悪くしたのが原因らしい。入院期間は大事をとって2カ月だったのだが、入院したらすっかりボケ老人になってしまった。なんでも病院で何もすることがなく一気にボケたらしい。

家族もびっくりしていたし、まさかあのじいさんがボケるとはと近所の噂になった。

このじいさんは本当に元気だった。毎日元気で会っても、本人の意思に関係なくやっぱりボケてしまうこともある。このじいさんは結局介護されて亡くなった。

高齢になったら、誰でもあろうとも介護される可能性はある。そうすると家族の世話になる。介護されるくらいなら死にたいと言われても親戚皆が納得するわけない。

たぶん、ある高齢者が介護されることで迷惑をかけたくないから。と言われても誰か金のある親戚が入院費を出してくれるのではないだろうか?それが親であれば尚更だろう。親を見捨てるような気分になりたくないし。

しかも寝たきりになったらどうなるだろうか?その高齢者の命は介護している人達が決める。葬式なんかするなと寝たきり高齢者が元気な時に言っていたとしても、それは通用しない。

もう命は介護している人達が決めることである。葬式でどの程度親戚を呼ぶのか?するのかしないのか?は寝たきり本人は決められない。

だから高齢者になったら高確率で家族、特に娘、息子の世話になる。死んだ後のことまでしてもらう。老人になると迷惑をかけてしまう。

これはほとんどの人に当てはまる。だから自分だけ迷惑をかけているわけではない。

でもやっぱり自分は迷惑な存在であると思ってしまう人がいるかもしれない。じゃあ皆が迷惑をかけない存在だとしたらと考えてみよう。

サービス業は崩壊する

私は迷惑をかけることとして高齢者のボケを挙げた。では、ぼけない高齢者ができるシステムが開発され、皆死ぬまで元気な状態と仮定しよう。

当然、介護施設は不要な存在になる。介護の資格を取った人の苦労は水の泡である。介護職をしていた人達はみんな無職になってしまう。

健康問題だけでなく、私の父親の場合も挙げよう。俺の父親はまったく料理をしない。全部母親に丸投げだ。その癖味にうるさいのでおいしいものが食べたいと文句ばかり言う。

あげくには勝手に外食に行ってしまう。おいしいものが食べたいからだ。なお本人が料理をしている姿は私は見た経験がない。

この俺の父親が料理ができる男だったらどうだろうか?勝手に食材を集めて自分で料理を作ってしまう。母親の立場なら料理の負担が減るから嬉しいけども、飲食店からしたら客が1人減ってしまった。

全国の人が料理のプロ並の技術を持っていたら、飲食店は絶対に減る。料理もできないくせに上手いものを食べたいというわがままがあるから飲食店があるのだ。

実は困った人がいっぱいいることで生き残っている仕事がある。誰にも迷惑をかけない状態なんてほとんどないのだ。

あれがわからない、これをして欲しい、ああしろ、こうしろ、無茶なことであったりどうしようないことで誰かに迷惑をかけている。しかし、この迷惑こそが誰かを生かしていることにつながるのだ。

まとめ:迷惑なんだよ、けどそれでいいんだよ

迷惑もかけない完璧な人間だけの社会など存在しない。だから迷惑をかけていると必要以上に悩むことはない。

  • まとめ人間は生まれた時と死にそうな時に迷惑をかける 完璧な人間しかいないなら世の中は成立しない

 

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