日本人論は自分で考え続けるべき

私は日本人論の本をある程度疑いつつ読んでいる。というのも日本人という概念は誰でも思うように信じていいわけである。

しかも、生まれて育った年数で色んな日本人をそれぞれの日本人が思う。小学生、中学生と育つにつれ、考えに変化が生じる。

私自身日本、日本人について考えることはあるけど、未だによくわからないようなわかったようなの繰り返しである。

私は日本人とは何であるかについて延々と死ぬまで考えて、答えも出せないだろう。ただひとつ言えることは日本人とは何であるかについて考える続けて欲しいわけである。

日本人論は誰かが本でまとめたことをそのまま信じてはいけない。あくまで1人の意見なのだからその意見を自分の考えを増やす手段と考えることをオススメする。

誰かの意見を聞いて鵜呑みにしないで考えることを続けないと駄目なのだ。

日本人は何であるか?自分で考えよう

日本人は何であると言われても、そんなものはわからない。おそらく普遍的な答えは出ない。人とは何であるかについて答えが出ないとの一緒だ。

答えが出たら、日本人論の本などもう売れていない。誰かがもっともらしい日本論を唱えてもなんかおかしいと考えるわけである。

というのも日本人論、いや他の国にも当てはまることだが、日本には多様性がある。山に住む人、海に住む人、都会に住む人、農業に住む人、林に住む人、などなど。

おまけに地域による違いもある。国だけでなく今自分の住んでいる地域についても考えて欲しい。隣の県や町と違う性質があるのではないだろうか?

もちろん、話す言葉は日本語だけども県民性、名産、観光地、気候など、違いはあるわけだ。

私はこういった違いを含めて全部を統合した日本人論の本に出会った経験はない。多くの違い内包しつつも、どうやってまとまった観念があるのか考えるわけである。

おそらくその答えは生きている間に出ない。いや、多くの本が出してくれるではないかとあなたは思うだろう。

amazonで日本人論の本をタイトルを見ればわかる。ベストセラーにも日本人論がどうあるべきか答えを出している。だが、私はある程度しかその日本人論を信じない。その程度はあくまで1人が考えた日本人論だ。

「俺の、私の考えた日本人」はその人の考えをまとめた日本人に対する見解である。だがその日本人は1億人以上いる。1億人である。

東京ドーム何個分だよという話である。1億人?数が多すぎるわけだ。想像もつかない数字だ。

だから、学校を想像してみる。学校のクラスでみんな同じような行動をしていただろうか?たぶんクラスに4人くらい変わった人もいたし、不良もいたわけだ。

先生も色んな生徒がいて困るけど頑張る。固定的で色んな生徒がいるけど、どうにかしてクラスで問題なく1年間を過ごさないといけない。

そんな時、先生は生徒にあるべき姿を示すわけだ。だけど反発する。私のようにテストで赤点を取る困った人もいる。

その生徒をあんたは校則に従わない駄目な奴といっても、なかなか言うことは聞かない。強権的にやるのが絶対的に正解ではなく、色んな生徒がいるからしっかり生徒と向きあうことが大事なわけである。

日本人論の中にはこういった違う意見を取り入れない。作者が唱えた日本人の論理の外にいる人が多くいると私は思う。個別ケースは「反日」「左翼」「右翼」とかいって取り合わない。

いや、そこを考えないといけないわけである。この個別ケースって色んな奴がいて、意外と味がある。反対意見の側から見ると、論理の穴や欠陥に気付けるし、相対的に見ることが可能だ。

不良には不良の言い分があるわけだ。もしくは学校を途中で辞めてしまった人の言い分だってある。日本人論の本は多くある。そしてよく売れる。

売れるけども、中々に偏った意見もある。しかも対象があまりにも広い。だから完璧な答えなんてそうそうでないのだ。

何故出ているのかと言えば、みんなわからないということが不安である。不安であることに加えて、何か決まった概念を欲しがっているのだ。

だから、日本人は何者であるかについての本は腐るほどある。だかこれはその時の時代、政治的状況によってやけくそ気味に答えを作ったわけだ。学校の先生を例にあげたけど、成績や自分の立場を最優先して、生徒はこういう奴と決めつけるむかつく先生と同じなのだ。

日本人とは何者であるかについては自分で考える。別に答えを急ぐ必要はない。だから、ゆっくり考える。その時に大事なことはひとつの価値感で説明できるほど人は単純でないと覚えて欲しい。

ちゃんとしっかりその違いと向き合って考えるといいわけだ。何かの本を読んでその答えにツッコミを入れて、納得できるまで考えた方がいい。

人間、考え続けることが大事なわけだ。

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俺だって日本人論の明確な答えがない

私の考える日本人論は未だない。まったくわからない。一体どうしたら答えが出るのかもわからない。

だから考えている。だから日本人がなんであるかと意識して、わからないことに恥じる必要は全くない。わからないで当然のことなのだ。

そして、その答えは出ない。誰かが出してもそんなものは少ししか当たらない。だから、わかった気になって、日本人とは何なのかという考えることを放棄しないでくれ。

参考文献

戦前の日本と現在の日本をマナーの点から比較した本。昔の日本を美化してしまう人は読んだ方が良い。電車でのマナーの悪さは今と比較にならないほどひどいことがわかる。

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