井沢元彦の本は歴史書というよりも金を生み出す洗脳本。私にとっては最悪の部類。

井沢元彦の本は歴史書というよりも金を生み出す洗脳本歴史

私はブログで本を紹介するけども、とんでもない作者を発見した。その名は井沢元彦だ。何がとんでもないかと言うと彼は参考文献を全く記載しない人だった。

いや、そんなわけないだろと思うかもしれない。私だって巷で言われているほど井沢元彦を歴史家としてそれなりに評価していた。まあ、歴史家を馬鹿にするのが嫌だったけど。

読んでいる人のために歴史を教えようとしている。知識好奇心を高める人だと思っていた。

しかし、どうやら私の考えは大きな間違いだったようだ。何故かって参考文献がないのだ。たまに書いていない人もいる。池上先生だって忘れるし、モンゴルの杉山先生だって書いてないし、俺の好きな宮崎正勝も書いていない場合がある。

けどね、今まで読書生活で300冊以上、目を通した数なら500冊以上だけども、参考文献を書かない人でも5冊読めば1冊くらい巻末に書いてあった。

あと図解だと書かない場合とかもある。だから井沢元彦さんが参考文献を書いてないと言われても、まあ5冊に1冊ぐらいの割合で書いてあるだろと私は思ったわけだ。

だが井沢元彦は私の予想を裏切るほど参考文献を書かない人だった。図書館で確認した本は20冊以上で参考文献なし。

いや、とんでもない非常事態だ。普通のことをあえてしないのだがら、異常である。その異常さを自分の中で整理すると、この人の本は歴史本ではなく歴史を使って読者を洗脳する本だと判断した。なんのために洗脳するかと言えば本を売るためだ。

学会の中には「井沢の著作など読むな。デタラメだ」などと極論する人もいるようだが、本当にそうなのか?それは読者の判断に任せよう。

日本史真髄285ページ

判断を任されたので井沢元彦の本についての私の感想を書く。

参考文献を全く書かない極めて異質な男

参考文献のない本は私はとても嫌いである。何故か?参考文献がないと言うことはその本から考えを広がることができない、その人の1次情報を知ることができないからだ。

人は何かを知って上で考え、そして教える。参考文献が書いてあることにより、知ることを共有できる。作者としても自分が良いと思った本を紹介すれば、読書の知識が更に深まることを期待するのだ。

教え方が誰かに伝わらないということは考え方や解釈が読者にとって合わないだけだ。だから考えささせるための手段として史料や作者は自分にとって良いものを紹介する。

私はそう思っていた。歴史を教える人だけでなく、健康、科学、自然、競馬、ビジネス、ハウツー、どれも参考文献を記してくれた人ばかりだ。情報を知るなら生の情報。これはどの分野であろうと変わらない原理だ。

作者の中には本のデータとして参考になったものを100%書くわけでなくとも、平均的に3冊に1冊くらいの割合で参考文献を書いていた。もしかしたら、ないことの方が嫌な記憶として残っているので、10冊に8冊くらいの割合かもしれない。

しかし20冊以上も探して参考文献を見つけらない作者なんて人生初。参考文献を記載しないという点ならば井沢元彦は今のところ私の中ではぶっちぎりの作者だ。極めて異質な書き手だ。ちなみに井沢元彦がどれだけ参考文献ないか以下にまとめた。

逆説の日本史1~5、9、11、14~21、テーマ編

逆説の世界史(2)

逆説の日本史ニッポン風土記(西日本編)

逆説の日本史ニッポン風土記(東日本編)

歴史再発見物語

学校では教えてくれない戦国史の授業

井沢元彦が教える戦国時代の兵法

井沢元彦の戦乱の日本史

学校では教えてくれない日本史の授業

井沢元彦の激闘の日本史 南北朝動乱と戦国への道

井沢元彦の激闘の日本史 北条執権と元寇の危機

学校では教えてくれない戦国の授業

学校では教えてくれない江戸・幕末史の授業

日本史真髄

天皇の日本史

井沢式「日本史入門」講座〈1〉和とケガレの巻

井沢式「日本史入門」講座(2)万世一系/日本建国の秘密の巻

学校では教えてくれない戦国史の授業 秀吉・家康天下統一の謎

学校では教えてくれない日本史の授業 天皇論

新・井沢式 日本史集中講座 「鎌倉新仏教」編

新・井沢式日本史集中講座 1192作ろう鎌倉幕府編

新・井沢式 日本史集中講座「鎌倉幕府の崩壊」編 国家を揺るがした後醍醐天皇の野望

英傑の日本史 源平争乱編

英傑の日本史 上杉越後死闘編

英傑の日本史 浅井三姉妹編

英傑の日本史 信長・秀吉・家康編

井沢元彦の英雄の世界史

なお、まだ確認していない本もある。もしかしたら参考文献のある本も2冊ぐらいあるかもしれない。

フタバ
フタバ

多すぎる。どんだけ書いてないんだよ!!20冊目くらいからウンザリだったぞ。

調べた中ではひとつも参考文献はない。もしかしたら私が見つけられなかった井沢元彦の本に参考文献があるかもしれないが、20冊以上探しても無いのだからやっぱり異常だ。

参考文献を書くことは別に彼が批判する一般常識のない学者特有の行動ではない。学会を否定する人、世の中を否定する人もしっかり参考文献を書いている。歴史の分野以外にも健康、睡眠、スポーツの作者にも当てはまる。

むろん、学者でない人、作家や医者、メンタリストも参考文献は巻末に書いている。私の確認した範囲では作者の全ての本に目を通したわけではない。ただ、5冊調べてたら最低でも3,4冊参考文献は記載されていた。

例をあげればKAZUYA、小林よしのり、DAIGO、佐藤優、広田照幸、出口 治明、堺屋 太一、伊東潤、竹内龍人、早坂信哉、石 弘之、仲正 昌樹、樺沢紫苑、内山 真、岡浩一朗などなど

中には私と主張が違う人もいる。ただ参考文献があればその人がどうしてその考えに至ったのかわかるわけだ。私の考えでは過激なことを言って反対意見を述べる人も参考文献を読んで、考えを広げてくれれば内心嬉しいのではと思っている。

解釈の違いがあるかもしれないけど、知識のきっかけや史料を紹介する点では私にとって参考になる。だが、井沢元彦は読者に対して参考文献を記さない。もう1度言うが、参考文献を書かないのは極めて異常だ。

私は去年、今年、2年間で本を600冊読んだ。読まない作者でも参考文献に目を通した。井沢元彦は歴史学者を専門バカ、閉じられた中でしか通じないシナリオに拘るなど批判している。

いや、どうみてもどっちが異常かわかる。彼が批判した呉座さん、亀田さんは参考文献を大量に紹介にしている。呉座さんの本を読んで理解できなくても参考文献から歴史を知る手段を呉座さん、亀田さんは紹介している。1冊で巻末に5ページぐらいのペースだったわけだ。

理解出来たら参考文献を読んで更に理解が深まるわけだ。両者とも室町時代のことに書かれているのだから、室町から戦国時代まで知識が広がるし、負けた大名、勝利した大名の事情もわかるわけだ。

呉座さんの本を読めば、色んな作者、本を知ることが出来る。1冊で20冊、10人くらいの出会いを作り出してくれる。井沢元彦の参考文献からは新しい本との出会いはない。

参考文献がないということは人の話、他人のデータも参考にしないと言っているも同然だ。たまたま忘れたレベルではない。一体全体どんなデータを参考に語っているのかわからないので暗闇の中にうごめいているような存在である。

どちらが自説に引き込もっている、人の意見を聞かない頑固な人なのかは参考文献を書かないでいる井沢元彦だ。歴史バカならぬ自説バカである。本を書く上で常識的な行動をとらない極めて非常識な書き手だ。

違う人の意見を参考文献にするのが嫌なら気にいった人でもいいから紹介すればいいわけだ。

私が見た本の中では、井沢元彦は参考文献を極めて紹介していない。全て確認したわけではないが、最新の日本史真髄でも紹介していない。ということはこの人の本を読んでわからない人は困るわけだ。次に何を読んでいいかわからないので、そのまま歴史に対して興味が失せてしまうだろう。

私の持論はひとりの人間が教えることはどこかに穴があるし、相性もあるから誰かが理解できない場合がある。だからみんな誰かの本を紹介する。参考文献を書かないということは人に何かを教える点では非常に不利なのだ。

だが、井沢元彦はあえて書いていない。参考文献については彼が嫌っている歴史学者限定の行為でないことは明らかなわけだ。

ちなみに尊敬している梅原猛さんは参考文献を記載している。尊敬している人を真似しないのも私にはよくわからない。

じゃあ何故こんな非常識な行動を繰り返すのかは本を売るためだ。この異常さを納得させるには自分にしかそれしかないと思った。

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500万部を生み出す洗脳術

さきほど参考文献をまったく記載しないことは誰かに何かを教える点で不利だと書いた。参考文献を見れば色んな作者のことを読もうと思い、色んな作者の本を読む。

自分の脳と誰かの脳を合体させてどんどん考えが広がり、複雑するわけだ。

参考文献を書かないとその作者だけの意見を聞いてしまう。同じ人の意見を聞き過ぎると考えが偏る。しかも井沢元彦はやけに既存の歴史研究家を馬鹿にする。自らの万能感を上手く演出する。まるでその理論全てで歴史を説明するかのような話だ。

ビジネスでは共通の仮想敵を設定する。あと人に物事を制御できる気持ち、世界を説明できる単純明快な話が好まれる。

もっとも効果がある手法としてはあなたには責任がないと弁護することで作者は信頼を得る。

井沢元彦なら「学校や専門家が常識のない教育をしている。だからあなたが今まで歴史を知らなかったのは非常識な専門バカの人の責任である。勉強しても歴史を理解できないのはあなたの責任ではない」

ということで歴史家を悪者にして、自分を良い奴として演出しているのだ。こんなふうになるわけだ。

フタバ
フタバ

あなたが歴史のテストで赤点を取ったのは学校の先生が歴史をわかっていないからです。あなたに真実の歴史を教えましょう。

光

赤点をとったのは私が馬鹿だったからではなく先生が悪かったのね。話をどんどん聞きます。

フタバ
フタバ

では、まず教える前に私の本を買って下さい。あ、専門バカの学者さんの本を読んだらもっと非常識になっちゃうからね。賢明な光さんなら心配してませんけどね。(内心ビビリまくり)

光

とりあえず先生の最新本をかってきます

フタバ
フタバ

さすがですね。もうそれだけで大きな進歩ですよ。素晴らしい!

こういうやり取りをしているわけでないけど、売る方としては自分の考えを肯定する、心酔する方が都合がいいのだ。逆に多様な考え方、複雑な思考は売る方としては困るわけだ。

色んな考え、見解が生まれると歴史家=悪者であること図式があっと今に崩れる。だから参考文献を記さないわけだ。本来なら批判対象の本も記載しないとまずい。そうなると参考文献を書いてあるほとんどの本にたどり着き読者が賢くなってしまう。

参考文献を記すとこうなるわけだ。

光

お、参考文献にあった色んな人を読みました。呉座さんの書いた応仁の乱は面白いですね~。お、この砂糖の世界史やオスマン帝国も面白い~。

フタバ
フタバ

・・・。

こうなると非常にまずいのだ。自分の説だけで歴史を独力で説明しないことがばれるわけだ。自説を絶対化しないで相対的に見られると洗脳効果は下がる。

だから参考文献を記さないのは自分の考えを絶対化させて自分の本を売るための方法だ。本当に歴史の理解力を向上させたいなら、いくらでも本を紹介するわけだ。だがしない。理由は読者に馬鹿のままでいて欲しいわけだ。

読者の歴史を教えているように見せて、自分の本を買わせるために洗脳しているのだ。洗脳したくないなら、参考文献を書けばいい。皆がしていることだから、誰も文句を言わない。

この本は歴史を教えることは建前で本音は井沢元彦の金を生み出す本だ。まさに逆説なわけだ。

学生の先生方の中には「井沢の本など読むな」などと弟子を洗脳している向きもあると噂に聞きます。そうした被害を防ぐためにもせびこれらの本の内容を広めることにご協力願います。

学校では教えてくれない江戸・幕末史の授業(ページ3)

洗脳されてないので参考文献を全く書かないで売り込むスタイルについて書いた。井沢元彦の書き方は私の読書スタイルと全く合わないので否定的に書かざるを得なかった。

にしても参考文献をここまで発見できない作者は私にとって極めて異常だ。

まとめ:モノを売る本としては凄い。伊達に500万部なわけだ

井沢元彦は読者の視点、考えを狭めて、自分に心酔させることでシリーズ累計の500万部以上のロングセラー作家になったのだ。

歴史の理論よりもコピーライティングを学ぶ本というのが私の結論である。

はっきりいって歴史本の売り上げとしては破格である。歴史本は本来売れない分野の本なのだ。呉座さんの応仁の乱が売れたと騒がれても何十万部である。井沢元彦の売り上げと比較すれば全くの下なのだ。

しかし、呉座さんの本のほうが歴史本としては出来が良い。井沢さんの本は歴史本としては出来が悪い。というよりも誰かにモノを教える基本である参考文献を記載しないという点で極めて異例かつ考えを狭くさせる本だ。

だからね、この本は逆説なのだ。歴史本の皮をかぶったビジネス本だ。私は井沢元彦の本を歴史本、知識を深める本としてははっきりいってオススメできない。

私自身参考文献から読みたい本を探すのでこの本を読まない方がいいと思う。歴史について基礎知識がない人ほど読まない方が良い。

しかし、本を売り込む手法を学ぶ点では参考になる本である。仮想敵を作り出し、読者を洗脳する手法として参考文献を書かない。あなたが勉強できないのは学者の責任として安心させる理論は一貫している。

人にモノを買わせる手法としてはよく出来ている本だ。シリーズ累計の500万部以上である。歴史本とどれだけ正確であるよりもどうやってここまで売れているのかを考えるきっかけになる本だ。

参考文献:歴史というよりも偏った考え方を修正できる本

人間ね、考えを放棄してはいけないのだ。面倒だけどもしっかり考えるきっかけになる本を紹介する。

呉座先生の陰謀の日本中世史

まずは反対意見の本をしっかり読まないといけないわけだ。というわけでまずは呉座さんの本を紹介する。ちゃんと参考文献を紹介し、史料から推測している。

近代日本の偽史言説

この本はトンデモと言われる本がどうして広まったのかを解説した本。本のレベル自体は難しいかもしれない。興味のある分野から読んでみよう。

オススメは義経=チンギスを解説した章。井沢元彦が権威に飛びつくことは別段おかしいことではないことがわかる。

「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書

何故作者の考えを絶対視してしまうかと言えば、考えることを放棄してしまうからだ。この本は本を読む前にしっかり準備することで読書のペースを自分の側に握れる方法が記されている。

読んだ後にも自分の中で答え合わせや復習の仕方もあるので、誰かの考えを絶対視することはなくなるだろう。

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