感想:偉人たちの健康診断「関ヶ原の戦い 病と裏切りの西軍編」

偉人たちの健康診断を毎回見ているので、備忘録も兼ねて書く。

今回気付いたことは秀秋が幼いころからアルコール中毒になってしまった可能性について番組では検証していた。それについての感想と自分の中で今後どうするかについて書いた。

秀秋は関ヶ原時点でアルコール中毒患者になってしまった

秀秋が豊臣秀吉の養子になったのは7歳の頃からとされている。当時秀吉には実子がいなかったので秀秋を後継者にした。大名はみんな秀秋のご機嫌とりをした。

その時から酒を飲むようになってしまったようだ。小さい頃から酒を飲むと、弊害として海馬がやられる。脳も小さくなる。何よりアルコール依存症になる。

秀秋が養子になり、大名達と酒を飲むようになり、大人になってからアルコール中毒が深刻化した。しかし、私には番組で言わなかった考えが浮かんだ。誰かが秀秋の酒を注意したと私は思う。

当時の時代背景を考えれば、今よりも飲酒に対して大らかだ。ただ、酒の弊害についてわかっていた人はいただろう。

まず、私は健康オタクであった徳川家康と毛利家の人達は酒の飲み過ぎについて注意していたと思う。

徳川家康は高齢になっても水泳、馬術に励み健康に気をかけていた。豊臣時代には柳生新陰流の印可をもらっていたはずである。後継者、子孫たちにも運動をするように言うぐらいなんだから、秀秋にそれとなく注意したかもしれない。

また、毛利家は毛利元就が酒の弊害を家臣、一門に散々言いまくり、酒の断り方まで子供達に書を残していた。というのも、元就の兄は一説によると酒が原因で亡くなったと伝わっている。

徳川家康も毛利家の人達も秀秋が子供の頃から深酒する姿を見たら、注意したかなと私は思ってしまう。それでも注意を聞かずに秀秋は飲んでしまったとしたら、相当のアルコール依存症にかかってと私は思う。

番組では7歳の頃から酒を飲むようになり、関ヶ原合戦の頃には23歳なので、10年以上飲酒にふけっていたとされる。関ヶ原合戦において、松尾山に布陣する前に秀秋は奇行を繰り返した。

大垣、伊勢、近江をウロウロと彷徨い、鷹狩りを行っていた。戦の前に何をやってんのかと思い、今までなら秀秋の愚かさを表すエピソードだと片づける話である。これが幼少期からの飲酒による弊害だとすれば秀秋がちょっとかわいそうになる。

秀秋と言えば、金持ちのぼんぼんキャラである。原哲男の漫画でも優柔不断な小物として描かれていた。しかし、秀秋が秀吉の養子として選ばれたのはねねの後押しがあったとされている。

ねねは人物を見る眼があった。加藤清正、福島正則がねねの推挙により大活躍した。秀秋は利発さや将来性からねねに「この人物は大物になる」と思って、秀吉に推挙したであろう。秀吉も秀秋のことを気にいったといされている。

幼少期にねね、秀吉が見込んだ才能が酒で潰れてしまったとしたら、それこそ悲劇だ。秀秋は関ヶ原で西軍から東軍へ裏切った。秀秋の裏切りは本人が酔っぱらっている内に選択したとしたら、本人にその責任能力があったと思えない。

歌舞伎やら物語で秀秋は大谷吉継の祟りで死んだと言われているが、酔っ払って決定したことに秀秋本人が気付けとは思えない。

重度のアルコール中毒患者をトップに据えながら、小早川家はよく戦を遂行できたと感心する。

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幼年期からアルコール依存症になると将来真っ暗

秀秋は幼少期に見せた利発ぶりがどれほどのものであったか私はわからない。ただねねと秀吉が何を見出し、養子にするほどの人物だったのだろう。

それほどの能力も酒で駄目になった。酒で失敗した人物はかなりいる。場所も時も社会的地位も問わずにいっぱいいる。

最近ではタクシー運転手が飲酒していた。「ジン横町」と絵ではイギリス人が幼児に酒を飲ましているやばいのもある。酒で健康も悪くなり、生活を崩した人も多くいる。

アルコール依存症になり、自分の飲酒を制御できない人もいる。酒は大人にも制御できない。子供に飲ましたら、秀秋の二の舞である。

幼少時からの飲酒をすると将来性はパーである。酒を飲む10歳以下の人がいたらさすがに注意した方がいいなと我ながら思った。しかも酒なんて高いから子供が購入できるものではない。

これは大人や社会全体で対処できることだろうな。

まとめ:酒はそれぞれ。しかし子供は飲んではいけない

酒を好きな人はいっぱいいる。私は嫌いだけど。私は酒を絶滅させようと主張しているのではない。子供の頃から飲酒を習慣化させるなと言いたかった。

今回のまとめ

  • 秀秋は幼年期から飲酒していた
  • 幼年期の酒は駄目

 

 

 

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