平等の世界?なんだそれは?俺にはわからないぞ

平等な社会を目指そうと選挙の演説で聞きました。しかし、私には平等な社会ってなんだろうと思ってもまったくそれが想像できません。

人間は生まれた環境が違います。しかも生き方も価値観も人それぞれです。おまけに平等な社会なんて私は知りません。

その辺のことを話します。

平等な社会なんてない

現在のところ、平等な社会はないというのが私の意見です。世界の富は8人の人間に集中しています。

【経済インサイド】世界の半分と同等の富を持っている金持ち8人 「再配分」必要でもエリート解決できず 
「たった8人が世界半分と同じだけの富を所有している」。非政府団体(NGO)のオックスファム・インターナショナルが1月半ばに発表した「99%のための経済」なる報告…

この人達が富を再分配すればいいのですけど、それが上手くいかないのが世の常です。歴史上、金持ちは富を独占します。それを分配するのはとても大変です。ちょっと昔だと共産主義で再分配をしようとしましたが、国が崩壊しました。

国をまたがって仕事をしている企業に税金を課すようになったとしても、税金逃れや政治工作をするので富の分配は無理だろうと私は諦めています。

もし、私が金持ちなら、やっぱり仲の良い人達にお金を配ります。自分の子供が成功して欲しいので、有名な塾、高名な先生、豪華な食べ物をお金で買います。誰だって子供がかわいいものですからね。

それに金が欲しい人がありますからヨイショされるのは気分が良いので、やっぱり身近な人にあげてしまいます。目に見えない人にあげるよりも仲の良い目に見える人に金をあげてしまうのではと私は格差是正がおこらないのは仕方ないと思います。

口では平等が素晴らしいという人はいますが、どこでも格差はあります。色んな人に違いもあります。私自身富は再分配された方がいいと思いますけど平等な社会なんてさっぱり信じられません。

人生のスタート地点は一緒?ウソだ!!

スタート地点は同じ環境を整えた方がいい。それが私の意見です。子供なら小学校、中学校の義務教育です。がスタート時点で生まれた環境が生じる可能性があります。

金持ちの家庭はいきなり慶応幼稚園に行きます。むろん大量の金がないと入園できません。子供の時点で差が生まれます。子供の時点で金を積めばすばらしい教育が受けられると判断できないでしょう。

私は金持ちの家庭ではないので、地元の小学校に通いました。子供の時はみんなで同じようなことをしているのだなと思い、有名な幼稚園とそうでない幼稚園の違いなんて知らなかったのです。というよりも家から離れた場所に幼稚園があることすら考えらなかったのが当時の私です。

東京なら有名な予備校がいっぱいあります。私はそれすら知りませんでした。東京で金持ちの家に生まれたら、子供の頃から有名な塾に通っていたかもしれません。

人は生まれた時から、生まれた環境に左右されやすいです。裕福な家庭と貧乏な家庭に生まれるので子供の頃の学習環境に違いが生まれます。私としては相続税をとんでもないほど高額にすれば人生のスタート地点がいくらか一緒になるけども無理だと思っています。

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ゴール地点はどこなの?わからん

人生のスタートは生まれた時です。私は小さい子供は経済に左右されずに金持ちも貧乏も同じ場所で過ごすべきだと考えていますが、世の中には金持ち幼稚園が作られています。

仕方ないので、人生のゴール地点が平等かどうかです。これはハッキリ言って私にはわかりません。

人の人生はそれぞれです。何をもって評価していいのか私には判断できないからです。この記事ではお金を基準に説明していました。しかし、お金はひとつの評価基準でしかありません。

例えば有名な歌手がいたとします。年収3000万で人々に多くの勇気を与えました。今でもその歌は聴かれています。

もうひとりは野球選手です。年俸3億円でこちらも多くのプレーでファンを湧かせました。今でもファンの中では最高のプレイヤーのひとりだと語り草です。

どっちが凄いでしょうかね?金だったら野球選手です。けど歌が好きな人なら歌手を評価します。多くのファンに感動を与えたという点ならどっちも凄いです。

歌と野球のどっちが凄いのかと喧嘩が起きてしまいそうな話題なのでこのへんで止めます。

無職で延々と自分のしたいことだけして、借金まみれになって楽しんで死んだ人と公務員になって仕事は嫌だけど結局家族に見守られて死んだ人。

何かひとつを評価するのが大事ならいかに楽しく生きたかを評価するなら借金まみれの人です。ただこういった人は家庭を大事にしないから評価しない人もいます。金で迷惑をかけんなと文句言われます。

公務員になった人は仕事が嫌なのに、何で仕事を止めないと言われます。ネットでは自分らしい生き方ができない成長意欲のないやろうだろうだと特定のブロガーさんに散々暴言を吐かれます。楽しくは仕事できなくても家族に感謝されたからいいだろうと思う人もいます。

人を評価する時に何をもって評価するのかわからない部分が私には多くあります。私にはあまり知らないことが多くあります。例をあげると、釣り、風俗、料理、アイドル、歌舞伎、株、登山、探検、バトミントン、テニス、音楽、旅行などなど。

今あげたことを職業にしている人がいます。こういった人達の評価は私にはできません。わからないことを評価しようとしたらとても大変でしょう。

風俗で働いている人をどう評価するのか?そう聞かれてもどうやっていいのか、私にはわかりません。無免許の人間に自動車教習所の指導員になれというくらい無茶ぶりです。

お金を稼いだいない職業だから駄目だねという単純な話ではありません。人のことをどう評価するのか?どういったところを褒めて、駄目だと思うのかこの辺は人それぞれです。

だから、皆が納得する評価が具体的であればあるほど明確なゴールが生まれます。しかし、そんなものは人生人それぞれなので誰にもわかりません。

競馬であれば3000メートルを1番早く走った馬が1番です。その距離で勝ったのがベストな馬だという評価が納得されているからです。

 

まとめ:平等な社会ってなんだろうな?

人生に平等なものなんてありません。スタートもゴールも人それぞれです。平等な社会なんて私には想像もできません。

人間の評価なんていい加減です。もちろん私もいい加減です。神様がいて人知を超えたゴールがあればいいのですけどね。

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