【感想:送り火】いじめを解決して傍観者になるな、無理!!

【感想:送り火】のアイキャッチ書評

読む前にいつものようにアマゾンの紹介文を読んでから書かれている内容を予想しました。

内容紹介
第159回芥川賞受賞作

春休み、東京から山間の町に引っ越した中学3年生の少年・歩。
新しい中学校は、クラスの人数も少なく、来年には統合されてしまうのだ。
クラスの中心にいる晃は、花札を使って物事を決め、いつも負けてみんなのコーラを買ってくるのは稔の役割だ。転校を繰り返した歩は、この土地でも、場所に馴染み、学級に溶け込み、小さな集団に属することができた、と信じていた。
夏休み、歩は家族でねぶた祭りを見に行った。晃からは、河へ火を流す地元の習わしにも誘われる。
「河へ火を流す、急流の中を、集落の若衆が三艘の葦船を引いていく。葦船の帆柱には、火が灯されている」
しかし、晃との約束の場所にいたのは、数人のクラスメートと、見知らぬ作業着の男だった。やがて始まる、上級生からの伝統といういじめの遊戯。

歩にはもう、目の前の光景が暴力にも見えない。黄色い眩暈の中で、ただよく分からない人間たちが蠢き、よく分からない遊戯に熱狂し、辺りが血液で汚れていく。

豊かな自然の中で、すくすくと成長していくはずだった
少年たちは、暴力の果てに何を見たのか――

(amazon紹介文より引用)

 

歩という主人公が田舎に転校してきて、順調に行くけども落とし穴が最後に待っているのだなと予想できます。主人公は歩で転校先のリーダーは晃でそこで虐められているのは稔だということもわかります。

私としては上級生からのいじめにあってどうなるのかと思ってこの本を読みました。

 

意味不明で理解できない

読んで思ったことは色々おかしいと感じたことです。まず、田舎ゆえの暴力性があります。この要素がおかしいです。

田舎に伝統や他人から見たらおかしい風習があります。そこに住んでいる人はその土地に縛られ、自由な行動ができないかもしれません。

しかし、やっている日常がいじめである理由はさっぱりわかりません。硫酸を浴びせたり、いつも花札で負けさせて窃盗させたり、頭を縫わせるほどの大怪我させたりどうみてもおかしいだろ。

子供どうしでこんなことしていたら絶対親に注意されます。この小説の舞台は津軽でしたが、こんなにひどい虐めを放置していることは私にはさっぱり信じられず、まったく共感できませんでした。

田舎なら子供よりも大人の意向の方が強く出るような気がします。暴力していたら親に無茶苦茶怒られるような気がするの私だけでしょうかね?

あと田舎である必要はなかったと私は思います。田舎であっても都会であってもいじめはあります。ここでは田舎という閉じられた空間の中だからいじめが放置されていると私は理解していました。

しかし、学校という場所であるならどこだっていじめが発生する可能性はあります。隠れていじめを行えばどんどんいじめはエスカレートします。

あげくの果てにはいじめの被害者が自殺してしまうことやいきすぎていじめで加害者が被害者を殺してしまうこともニュースで報道されたりしてます。

別に田舎の閉鎖性や伝統からいじめが日常的になっていると説明されても私は納得できませんでした。

あとは歩が傍観者であったことについてです。歩は最後稔に今までいじめられたことの恨みとして仕返しの対象になってしまいます。いや、これもおかしいだろと私は思います。

稔は虐められまくってもう完全にぶちきれてしまいます。そんな状態ならもう誰であろうともその怒りを誰かにぶちまければ良かったに違いありません。

その場面では逃げ遅れたのは歩で晃も他の人は皆森の中に逃げていました。そこに逃げ遅れた歩がいたから報復の対象になったのだと私は考えています。興奮状態の人に理屈なんて通じません。

そこにいた誰かに今までの仕返しをしたかった。その相手がその場で逃げ遅れた歩になったのでしょう。

「わだっきゃ最初っから、おめえが一番ムガついでだじゃ」と稔が歩に言います。別に誰に対しても言いそうなセリフで誰にでもおめえが当てはまることです。

稔は歩が転校することは知っていました。歩はいじめを解決しないで傍観者としてこの学校から転校する予定でした。しかし、それだけでいじめの報復の対象になるのは納得できませんね。

できるなら歩はいじめを解決することがベストであったかもしれません。いじめは不条理なものでいつ自分がその対象になるのかわかりません。無事でいたいなら、いじめを解決するために担任の先生やクラスの人達と相談するのも1つの手段だったかもしれないでしょう。

しかし、いじめを解決するために晃達との仲が拗れて逆にいじめの対象になってしまう可能性だってあります。そのリクスがあるので傍観者になってしまうのは仕方ないと私は思ってしまいます。

駄目なのはこれ大人達やそこに住んでいる大人達でしょうね。こんなになるまで放置するなよと読んでいて思いました。

Sponsered Link

読んだ後:いじめや過酷な現場にあったらどうするのだろう?

嫌だと思っている職場で働いていたらどうするのだろうね?

この本を読み終わって考えたことはこの疑問です。私の職場では大学生が働いていました。その人はその職場に対して不満タラタラでした。

人が良いので、上司の言うことは嫌でも従ってしまいます。この日は主婦の人達が休みだから来てくれ。今は忙しいから時間を増やしてくれ。嫌いなことでもいずれ経験になるから頑張ってくれ。

私は何も解決しないでその職場が嫌だったので退職しました。そして、自分のできそうな職場や生き方を自分なりに探しています。

ネットで見るとどうしても嫌なら退職するのは仕方ないというブログがかなりあります。ネットビジネス系なら会社の犬なんか脱却して自由な生活だと気前のビジネストークをしています。

送り火なら永遠とその職場にいるのは間違いなく稔です。自分でなにかできることは諦めて、その地の制約を受けながら生きています。

会社員なら昔ながらの正社員のままその会社で一生を終えるタイプです。昔ながらの伝統的な社会人と言えます。

もしも私がアルバイトとして1年契約でブラック企業に勤めて、その職場の中でコネ入社した正社員がいたとします。私はこの会社おかしいなと思いつつも、その会社は1年で終わるしなんとか1年でやり過ごそうと会社の中でそれなりの生活が送れたとします。

むろんその会社の職場改善なんかしません。アルバイトにできることなんて何もないと自分に言い聞かせて私はその空気に適応します。契約が切れる3カ月くらい前から転職活動をして、今いる会社のことなんてどうにでもなれと考えるでしょう。

このような生き方って送り火の歩ですよね。稔のような人がブラック企業の理不尽な体制に我を忘れるほど怒り狂ったら、私がその怒りを受ける対象になるのかな?と思ってしまいました。

最後に:いじめはどうしようもない

いじめは今でも問題になります。一体いつになったらなくなるのでしょうかね?

昔からあるいじめや場所によるいじめもあります。学校側はいじめだと認識していなかったと言います。

どうすればいじめから逃れることが出来るのでしょうかね?もういっそ登校拒否やら退職するくらいしか私には思い付きません。

 

コメント