20年以上前の発言がブーラメンだった井沢元彦氏から思うこと

日本史
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井沢元彦氏は歴史学者を否定しまくっています。理由としては自分の主張を高めるために、架空の敵を作り出す必要があったからだと以前の記事に書きました。その際は非難するよりも自分の意見を正当化するための手法です。

正直言って、歴史家や研究者の人格よりもその研究のレベルが大事なわけです。人格なんて正直どうでもいいわけです。

井沢氏は呉座勇一氏に自説を批判されて、気量が狭く、年配者に対して無礼だと言っていました。

井沢元彦氏は参考文献をまるで書かずに否定ばかりしまくるので、普通ではないと感じていた。

まあ、井沢元彦氏に限らず情報商材の宣伝ページを見ると架空の敵対集団を自分の世界観のために都合よく作りあげます。なんのためかと言えば売り上げ、金儲けのためです。

井沢元彦氏は歴史本で破格の売り上げを誇っているので、売るのが上手いです。だから井沢元彦氏が歴史学者を見下すのは商売的な手法だと私は考えていました。

しかし、最近新聞報道に関する井沢元彦氏の本を読んで、私はその書かれている内容に驚愕しました。

人格否定は駄目!けど14年後に俺は同じ人格否定をする

少なくとも通常の場合は、記事の批判にはその内容に関してのみ伝えれば充分であり、記者個人の人格にまで踏み込む必要はまったくないのです。これに対する記者側の反論も(もし自分の方が正しいと思うならば)、その批判の内容に関して反批判を行えば充分なのであり、罵詈雑言などまるで必要ありません。

虚報の構造 オオカミ少年の系譜ー314ページより引用

虚報の構造 オオカミ少年の系譜では井沢元彦氏が新聞、特に朝日新聞の報道に関しておかしいと思うことをまとめ、大手新聞は何故誤報をするのかを追求した本です。

ここでは記事の内容のみに批判するのみで充分だと書かれています。それに加えて井沢元彦氏は朝日を批判した際におかしいと主張したのは以下のことでした。(井沢元彦氏が呉勇一氏の対してしたことであるが・・・)

  • 私の批判対象は作品、記事のみにとどめよう。
  • 人格攻撃をするのは良くない。
  • 権威で相手を威圧するのは良くない。
  • 相手を悪魔化させてはいけない。
  • 相手の批判を謙虚に受け止め、改めることは改める。
  • あくまで個人を批判するのであって、所属している組織を批判しない。

特に強調したいのは人格攻撃はするのは良くないことです。相手の人格や性格は記事の内容から判断するのはきわめて難しいことは当然です。

怖い漫画を書いている人が怖い性格、容貌であるわけがないのと一緒であり、文章の内容から作者の内面がわかるのは超能力がないと無理です。

私は虚報の構造で井沢元彦氏の主張に関しては違和感はありません。

だが、虚報の構造を出版して約10年後の井沢元彦氏がこうも書いています。

もし当の歴史学者に1人の人間としての常識が欠落しているならば、それはある意味当然のことでしょう。

誤解の日本史より12ページより引用

明らかに人間性を否定しています。「1人の人間としての常識」とはあまりにも言い過ぎ。

そこから歴史学者の常識がないと具体的な根拠もなく言い出すのは、おかしい。というより自分がされて批判したことをするなよ。

歴史学者を否定したとしましょう。井沢氏は昔その人の作品について批判しようなと主張したわけです。それなら、その歴史学者の意見、論文、主張、著作を批判のみに留めるべきです。

井沢元彦氏は朝日新聞にお願いしたことです

井沢元彦氏は権威で相手を威圧する手法にも文句を言いました。

自己の過ちには甘く他人の過ちには極めて厳しく、居条高に感情的にしかも、「憲法違反の疑い」がある抗議を筆者の頭ごなしにやるーこういうことを「権威をふりかざす」というのではないでしょうか?

虚報の構造315ページより引用

権威で相手の意見を封殺するのに反対意見なことはわかりました。けど今の井沢元彦氏は違います。井沢氏は呉座氏に「あなたの歴史記述はおかしい」と反論されたわけです。

それなら呉座勇一氏に否定された歴史観をもう1度書き直せばいいだけのことです。データを用いて自分なりの歴史観を書くなり努力すればいいのに。

けど井沢氏は梅原猛の弟子という権威と東大の偉い先生という2つの権威を振りかざしました。別に梅原猛の本郷和人も関係ないわけです。。井沢元彦氏は梅原猛の名前を借りて、呉座勇一氏だけでなくツイッターにおいて亀田俊和氏にも権威をふりかざしました。

権威で相手を威圧するー10年以上前に自分が批判した朝日新聞と同じことをする心変わりには失望しました。と同時に違和感を感じました。その違和感は不安です。

不安とは私も井沢氏と同じようになってしまうのだろうかということです。作品を否定、批判するのみで人格やその人の常識を否定するのは間違いと私は感じているからです。だからこそ、自分も同じ道を歩んでしまうのではないだろうか?

そう1995年の井沢元彦氏と私は同じ意見なわけです。

数十年後には自分にとって都合の良い悪者を作り出してその人達にレッテルを貼り、人間的に常識がないと得意げに開口一番人格否定をする姿を想像すると気分は沈みます。

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反面教師から学んだこと

かつては人格を否定しないで、作品を批判するのみで良いと主張されていました。そんな井沢元彦氏はもしかしたら自分の反面教師なのかもしれません。

私には井沢元彦氏から学べることはないとあまりなさそうだと今まで思っていました。立証もしないでケガレ思想をブチ上げる。通説を否定して、歴史学者より上の存在だと言わんばかりの文章から疑似科学ならぬ疑似歴史学者の典型だと思う程度でした。

まあトンデモ歴史家みたいなものだという認識です。その主張も専門家の呉座勇一氏には理論とデータを最新アップデートするように指摘され、井沢元彦氏は呉座勇一氏の作品を批判しないで別のことばかり批判しています。

昔からよくある疑似科学と科学者の言い合いみたいなものかなと諦めて眺めていた気分もありました。けど、井沢氏の言い分って俺にも当てはまるなという思い至りました。

自分だって誰かの人格否定をしてことがあるのかと今までの人生を思い返してみました。「あの監督はロリコンだから」「あいつは女に嫉妬している」作品を見てないわけです。

やれ特定のファンは頭がおかしいだの、特定の球団はおかしいだの、売上が凄いアニメ作品以外は駄作だの、外国人が書いた作品は駄目だの、など。

俺だって作品そのものを見ないで否定していた過去もあるし、今も無意識に「作品以外のこと」を思っています。だからこそ作品そのものしか見ないように努力すべきだなと強く思うわけです。

井沢元彦氏の歴史学者の否定性には具体性がないです。

事例1:レッテル貼って相手がみんな一緒だと勘違いする

井沢元彦氏はまるで正解だと言わんばかりに歴史学者全員を批判する主張をした。

史料絶対主義者の「総本山」である東大史料編纂所の「大御所」と言われるような先生方が、基本的史料に間違った注釈を施したからである。

日本史真髄285ページ引用

東大資料編纂書の大御所がそう言ったから、全ての歴史学者がその解釈に従い、批判することなく、そのまま受け継いだかのような言い分である。東大の権威に逆らうことはできない歴史学者のような書かれ方である。

井沢元彦氏はここでは歴史学者の全てがそうではないと主張していない。前後の文章で歴史学者のことを批判しているから、歴史学者を非難しまくっている。

では正しいのか?歴史学者はみんな同じような意見しか言わないのかと言えば違う。その事例を紹介する。

ここで言う、大御所の先生が誰だか知らないけど、東大史料編所のひとりは本郷和人氏である。TVにもよく出る人である。

本郷和人氏は高師直が「生身の天皇がいると面倒だから、木か金の天皇像を作ればいい」という話を当時の武士の価値観を表すエピソードとして紹介していた。

天皇の権威をまっこうから否定するとんでもない高師直であり、同時に伝統な権威を気にしない、革新者高師直だと読んだ人は感じる。

東大史料編纂所の偉い人がそう言うのだから、空気を読むかと言えば実際は違う。しかも否定している歴史学者はツイッターもやっている亀田俊和氏である。

高師直悪玉論はきわめて根拠薄弱なものであり、「讒言」による悪評を書き留める『太平記』でさえ、それは「事実でない」としている内容を、後世の人間が真に受けてしまった結果なのだ。

歴史REAL南北朝58ページより引用

別に東大の総本山の大御所が主張したことを批判する歴史学者はいる。まあ、よくわからないものをなんとなくこうだと思って、勉強してみると案外違うこともある。色んな人、主張があるのだ。

レッテル貼って自分の意見を正当化することで見えることが見えないことがあるのだから、偏見持たずに勉強しようと思える。自分で勝手に扉を閉めてどうするのやらである。

最後に:迷って研究するしかないね

井沢元彦氏は自ら否定したやり方を呉座勇一氏に実践しました。しかもそれは作品から推測できない人格否定という行為でした。人として一般常識がないといい、そのことに関しては当然といい謝罪もしません。

俺は偉い人と仲が良いと言いだして権威を振りかざす姿勢に関して昔の井沢氏は否定的であったことも同様です。

よくも、まあこうも自分がかつて否定したことを平然とできるなと怒りました。けど、作品以外のことを否定するって俺もしているわけです。そんな自分に嫌にならないで作品の本質を見られるようになりたいものです。

そう考えると井沢氏は私の反面教師だったのかなという考えに落ち着きました。

この記事の参考文献